2023年12月28日木曜日

日本経済の先行きを考える

 年末が近づいてきた。昨年末にも同じようなことを書いたのだが、私には政府も日銀も日本経済が上向くように動いているように感じられないので、改めて私の経済に対する考えを整理してみたい。

政府も日銀も賃上げが進めば消費が増えて経済が好循環に向かうと考えているようだが、私はそうは考えていない。企業の将来性が明るいかどうかは、一時的な売り上げや利益よりもその企業の競争力にあると思う。国単位で考えれば日本経済の先行きが明るいかどうかは日本経済の国際競争力が高いかどうかが鍵だと思う。企業が賃上げをすれば売り上げに相当する国内の資金循環は増えるかもしれないが、それで企業の利益が減って投資余力が減るとすれば国際競争力の観点からはむしろ逆効果だろう。そうでなくても日本企業の利益率は低いと言われている。

その一方で日本企業は利益を預金や株の持ち合いといった内部留保に回していて、投資が少ないというのも事実である。それで企業がもっと資金を投資に回すように促したいという政府の意図は分かる。しかし、企業が積極的に投資しないのは、投資を十分に回収できる自信がないからだと思う。人口が減少して将来市場が縮小しそうな国内ではある程度やむを得ない。国際競争力の高い企業ならば投資ができるはずである。

良く言われているように日本全体の国際競争力はバブル崩壊以降下がり続けている。これは日本の金融政策の失敗だなどと言われているが私は競争の軸が変わったことが本質だと考えている。1980年代、日本製の製品の品質は米国を凌駕し、日本からの輸出が急増し米国経済は危機に陥った。米国は対日関税や円高などで日本を抑えようとしたが、仮にそれに成功しても、韓国や中国が日本と同様に成長してくることは目に見えていた。そこで経済活動のゴールを変えることを考えた。つまり「製品で勝負しない、イノベーションで勝負する」というプロパテント政策である。これは大成功をおさめ、シリコンバレー発のイノベーションが世界を席巻するようになり、米国経済は力を取り戻した。そしてそれはすでに定着している。最近、米国は製造拠点を出しすぎたと反省し元に戻しつつあるが、「イノベーションが最も重要」という経済原理は変わらないと思う。

日本は明治維新以来、工業大国を目指して教育から産業政策まで一貫した政策を取ってきた。その結果、日本の製造現場は世界最高の競争力を手に入れた。その典型例がトヨタ式生産方式である。しかし、日本は政府も企業も「イノベーション重視」に舵を切れないでいる。これが、日本経済低迷の真の原因だと思っている。

トヨタ式生産方式は「カイゼン」を常に続けることが本質である。これは同じ作業を何度も繰り返すうちに作業効率を上げていくやり方である。しかし、例えばソフトウェア開発にはこの方法は使えない。ソフトウェアは開発であって製造ではない。同じものを2度作ることはない。ソフトウェアの大量生産は誰にでも簡単にできる。現在世界では付加価値の比重がハードウェアからソフトウェアに移行している。しかし、日本企業の経営者はハードウェア事業を経験した人が多く、日本のソフトウェア開発力はかなり低い。

社会的にも日本の習慣などにはイノベーションを阻害する要因が数多くある。日本の習慣は江戸時代に形成されたものが多いが、徳川幕府は自分の立場を安泰にするために「大きく変化させないこと」を国民に強いた。これがいたるところで習慣として残っている。そしてこれは権力者には都合の良いものなので現在に至るまで基本的スタンスは保存されている。これを変えるには、権力者を大きく若返らせることが重要だと私は考えている。

現在裏金問題で自民党が大きく揺れている。私は岸田総理には期待していないが、政治家間の力関係が変わって大臣などが一気に若返ることがあれば面白いと思っている。

これで私の年内のブログは最後としたい。

良いお年をお迎えください。


2023年12月14日木曜日

地球温暖化の原因を考える(2)

 前回は地球温暖化の原因として地表で発生する熱量の増加が語られていないことを指摘した。今回は、地表から放出される熱量の減少の主原因が本当にCO2の増加にあるのかに関して私の感じている疑問を囲うと思う。CO2の増加が地球温暖化に寄与している点に関しては私は疑問を持っていない。私の疑問は「本当にそれが主原因か」という点にある。

私の疑問はCO2の増加が地球温暖化の主原因であるとこれだけ長い期間言われているにもかかわらず、一向に定量的データが出てこない点にある。私の期待しているのは「昨年の世界のCO2増加量は何トンなので地球温暖化に何度C分だけ寄与した」というようなデータである。

定性的に考えると、CO2よりも水蒸気のほうがはるかに温室効果が高いと思う。CO2の増加による温室効果は体感することはできないが、湿度が高いことは体感できるからである。水は恩田が高いと気化しやすいので、その影響で気温が上がる、気温が上がるとますます気化しやすくなるのでますます気温が上がる、ということになりそうに思う。但し水蒸気は上昇すると温度が下がり雨や雪になって再び地上に落ちる、これでバランスが取れているのだと思う。

地上では過去に何度も氷河期を経験している。地表の温度が上がると水蒸気が増えて雲が増える。雲は太陽光を反射するので、地表に届くエネルギーが減少する。通常はこれが短期間で循環しているのだが、赤道付近でできた水蒸気が海流の影響などで南北方向に流れるようになると、地表面が雲に覆われる割合が増えて平均的には地表の温度が下がり氷河期につながるのではないか、と私は思っているが、十分な根拠があるわけではない。

それでも、水蒸気のほうがCO2よりも温室ガス効果が高いというのは正しいと思うので仮にCO2の増加により平均気温が上がると、水蒸気が増えて温度上昇は加速し、何かのきっかけで雲により地表に到達する太陽エネルギーが減少して逆に地表温度が下がる、ということになりそうに思う。

前回の議論と合わせて、私は「CO2の増加が大気温を上げる主原因だ」という説には疑問を持っているが、「CO2を増やさないために化石燃料の利用を控えるべきだ」という意見には賛成なので、特に強く主張するつもりはない。世界ではこのようなことを意識してより深い議論をしている集団がありそうに思うが、日本では「CO2を増やさないために化石燃料の利用を控えるべきだ」だけが議論されているように感じており、議論が次のステージに移った時に対応できないのではないかと危惧している。

2023年12月10日日曜日

地球温暖化の原因を考える

 今年に入って、ブログの更新頻度が大きく下がっている。コメントもほとんどなく、たまにコメントが入ると思うとコンピュータで作成したようなコメントなのでやる気が下がっていたのだが、昨日、意外な人から「最近ブログを更新していませんね」と言われた。「読んでいる人もいるんだ」と思い、ブログを更新してみようと思った。

今回のテーマは地球温暖化である。地球温暖化の原因は大気中のCO2増加であると言われ、世界中がCO2排出量の削減に躍起となっている。しかし、私はそれは地球温暖化の原因の全貌を示していないと感じている。

地球の大気温は太陽光による温め効果をもたらす熱量と、地表の熱が宇宙空間に放出され対気温を下げる熱量がバランスしているからだろう。これは地球誕生以来何十億年もかけてバランス状態に達したものと思われる。太陽光のエネルギーは全てが熱に変わるわけではなく、一部は光合成によって植物となり、その植物を食べる動物にもなって地球表面に固定化される。これが何百万年、何千万年もかけて化石燃料となる。

人類の活動が活発化したこの2百年ほど、人類は化石燃料を燃やして熱エネルギーに変え、様々な用途に用いている。おそらく新たに化石燃料ができる何万倍もの速さで過去の化石燃料を燃やしているだろうと思う。その結果として大気中にCO2が増加する。CO2は温度を逃がしにくい温室ガス効果があり、これが地球温暖化の主な要因であると説明されている。CO2の温室ガス効果は、地表からのエネルギー放出を下げることになるので、これが地球温暖化の一因となっていることは間違いないだろう。しかし、地表の大気温は熱の発生と放出のバランスで保たれていることを考えると、人間の活動による熱の発生量の増加が、少なくとも半分の温暖化効果をもたらしていると考える。

現在、世界では再生可能エネルギーで人間の活動を賄おうとしている。これが100%実現できれば、発生熱量も抑えられ、放出熱量も下がらなくなるので、温暖化は止まりそうである。しかし、CO2を発生しないという理由で原子力発電や核融合に頼ると、放出熱量の下げは止まっても、発生熱量の増加は抑えられない。従って、温暖化の半分にしか対応していないと考える。だからと言って原子力発電を止めるのは現実的ではないと考える。私は、原子力発電を利用しつつ、大気中のCO2を人工的に固定化する技術を開発するべきだと思う。

この私の議論は自分では極めてまともだと思っているが、このような意見を言っている人を見たことがない。私はどこか間違っているのかという不安を感じつつ、「世の中の議論はおかしいな」と感じている。

2023年6月5日月曜日

楡周平の「和僑」を読んだ

 最近、楡周平の小説「和僑」を読んだ。この小説はヒット作となった「プライムタウン」の続編で、「プライムタウン」で大手商社から出身した街の町長に転じて町興しを行った主人公が、将来の人口減少時代に備えて、農業法人を設立して農業の輸出産業化をもくろむといったストーリーの経済小説である。

舞台が地方の町で高齢者が多く、その中で大手企業出身で自身も定年世代になっている主人公の発想は、自分の老後はある程度資産のめどが立っているものの日本社会の高齢化、活力低下に対する問題意識持っている。様々な友人や仲間、反発する人との会話は自分にとっても「あるある」の心情が多く、共感する部分がかなりあった。私は農業に対する知識は無いが、現在の農業従事者の意識はこんな感じか、と感じられた。少し問題や対策を単純化しすぎていると感じた部分はあったが、小説なので面白ければよい。私にとっては十分に面白かった。

日本の経済小説は、これまで鉄鋼、銀行、商社など時代の花形企業の内幕を描くような内容が中心だったが、この作品は、それとは違って、「現在はそれほど注目されていないが伸びしろの大きな産業」に着目している点が新鮮だと感じる。

2015年に発行された本なのでまだ政府の農業法人を後押しする政策はまだ出てこないが、この人が今またこのようなテーマで小説を書けば現在の政策との関連が出てきて、またそれは面白いだろうと思う。この作者の本をまた読んでみようと思う。

2022年12月31日土曜日

不透明な世界を考える (4)日本経済の将来シナリオ

 今日は大晦日、本年最終日に私が今年後半に感じた日本経済の現実的将来像を描いてみようと思う。

岸田総理は、新しい資本主義とか、賃上げ要請とか、色々やっているがこれらは一時的効果はあっても年単位で見ると効果はなく、むしろマイナスになることが多いと思う。その理由は競争原理に照らして、日本企業の競争力を奪う方向性だからである。政府に期待して日本経済が上向くことはあきらめたほうが良いと思う。日銀は経済が上向かないので、たとえ総裁が変わっても今後も金融緩和を続けると思っている。

その結果起こることは円の価値が下がる円安である。一時一ドル150円まで行った円安は、米国の利上げが止まりそうだということで135円くらいまで戻ってきた。来年末から再来年にかけては米国は利下げに転じるだろうから、一時的には120円くらいまで行くかもしれないが、落ち着きどころは130円くらいだと思っている。その後も日銀が金融緩和を続けると再び円安方向に向かうと思っている。その理由は通貨供給量の違いである。米国は利上げと同時に量的引き締め(QT)を行っている。これは景気が悪い時に民間の債権などを買って市場にドルを供給したものを売って、ドル供給量を正常に戻す操作で、景気が悪くなりすぎなければ行うことはないだろう。継続的金融緩和を行っている日銀とは大きな違いである。

円安になるとどうなるか? 日本人の平均給与は下がり、日本の物価もドルベースでみれば下がる。つまり「日本はモノが安い国」という見方が定着する。その結果、中国などに移転した日本の工場は日本に戻ってくる。日用品などの単純な組み立て作業の工場は東南アジアや、南アジアのさらに給与の安い国に移転するだろうが、製造ノウハウが大きな製品の工場は日本に戻ってくると思う。具体的には機械系の製品や新素材の工場などである。特にカスタマイズ要求の大きいB2Bの製品は日本の工場で作るのが適している。

日本企業だけでなく外国企業の工場も日本に作られることが予想される。キャタピラーやシーメンスの工場が日本にできてもおかしくない。それだけではなく、後継者不足に悩む日本の中小の工場で優秀なところは外資に買収されて、優良企業に生まれ変わるところも出てくるだろう。このようにして日本の製造業が復活して日本経済が上向く、というのが私が考える日本経済の将来シナリオである。

日本経済が上向くほどには日本人の収入は増えない。それは収入の多い幹部は日本人以外が多く、日本人は中堅以下の現場の労働者が多くなるからである。日本企業でも武田薬品や三菱化学など外国人が社長になる企業がちらほら出ているが、これも増えてくると思っている。そのほうが業績が上がると思うからである。すでに東大卒の就職先では外資系企業が増えており、優秀な人材は外資系企業に向かう傾向が見えている。

これは幼稚園から大学まで日本の教育は「周囲に合わせることのできる優秀な人材」を育成することを目標としており、個性を生かす教育になっていないからである。つまり日本の教育は工場労働者を育成するのに適した教育である。日本の教育で決断を求められる場面は非常に少なく、幹部の条件である決断力を育成するには適していない。これは昨日書いた江戸時代以降、現代まで続く為政者の方針がそうであったからだと思っている。この点も時間をかけてゆっくり変わってくるだろうが、私の生きているであろう今後20年では多きな変化は起きないと思っている。

このシナリオでは日本経済が回復するとはいえ、日本人の平均収入は少なく、決して経済復活とは言えないと思う読者も少なくないだろう。しかし、私はこのシナリオが今後20年で現実的に起こりそうなシナリオのなかでかなり良いほうだと思っており、これより悪いシナリオはいくらでもありそうだが、これより良いシナリオは現実味の薄いものになると思っている。

さらに台湾をめぐる戦争などが勃発すると経済自体の優先度が下がる。その場合にどうなるかは私には想像できない。


これをもって私の本ブログの2022年の締めとしたい。皆さま、よいお年を!

2022年12月30日金曜日

不透明な世界を考える (3)日本はどうするべきか?

 今回は、世界情勢の中で日本がどうするべきかを考えてみたい。

故安倍晋三元総理は日本の将来に対して明確なビジョンを持った政治家だった。その目的は、日本固有の文化を大切にし、同時に日本を世界で存在感のある国にすることである。これは「美しい国、にっぽん」という標語で端的に示されている。安倍氏は実際にその実現に向けて行動していた。国防に関しては日米同盟を基軸として安全を担保し、そのためのコストは負担する。内政に関しては細かい点がいろいろあるが、その思想は自民党の憲法草案にまとめられていると思う。自民党のホープページにあり、それほど長いものでもないので興味のある方には一読をお勧めしたい。

問題は幸福の大きな要因となる経済政策である。日本経済はバブル破裂以降、低迷を続けている。これに対する対応策として安倍氏は「アベノミクス」を打ち出した。アベノミクスは一時的な効果を上げたが、現在は失敗だったという評価が固まりつつあるように思う。私はアベノミクス自身に悪いところがあったとは思っていない。アベノミクスは金融緩和、財政出動、成長戦略を3本の矢として打ち出し、金融緩和と財政出動は行われたが、第3の矢である成長戦略がほとんど動かなかったので失敗だといわれている。私はアベノミクスの考え方に問題があったのではなく、成長戦略を実行できなかった点に問題があったのだと思っている。これをアベノミクス全体が悪かったように言うのは論点ぼかしだと思っている。

なぜ成長戦略は実行できなかったのか? 金融緩和と成長戦略は政府が主体的に動けば実行できるものであるのに対して、成長戦略は民間の問題であり、民間がその気にならなければ動かない問題だからである。民間はもともと成長したいと思っている。それなのに成長できないのは、問題があるからである。その問題点を実行主体ではない政府が見つけて改良するのは極めて難しい。端的に言うとアベノミクスのうち最も難しい成長戦略は日本政府にはできなかった、ということである。

私は安倍総理の「日本固有の文化を大切にする」という哲学と、経済成長という目標に矛盾する部分が少なからずある、というのが成長戦略がうまくいかなかった最大の理由だと思っている。そもそも、日本文化の殆どは江戸時代以降に根付いたものである。日本文化は徳川幕府、および明治以降の政府が日本を統治しやすくするために、国民に植え付けた価値観が大きく影響していると思う。これが競争原理が本質となる現代経済で日本企業を勝ちにくくしているのだと思っている。端的に言うと日本文化も現代社会に合わせて見直しをしていかないといけないのだが、この点が安倍氏に欠けていた視点だと思う。

それでは日本はどうすればよいのか? 日本独自の手法を打ち出すのは難しい。諸外国の方式を勉強し、取り入れるべきだろう。米国が成功しているので全面的にアメリカの価値観を取り入れ、アメリカ型の競争重視に社会にしていくというのは一つの方法であるが、現在の日本の価値観との違いが大きく、社会に大きな軋轢を生むだろう。日本と比較的考え方が近く、競争原理もうまく取り上げている国として北欧諸国があると思う。北欧諸国の仕組みを日本の国の仕組みとして取り入れていくことが有力な方法であると思っている。

現在の日本の政治家には安倍氏のようなビジョン(私の言葉では哲学)を持つ政治家は見当たらない。皆、目の前の問題点を解決することだけを考えているように見える。ひょっとしたら林芳正外相あたりが哲学を持っているかもしれないと期待している。

2022年12月29日木曜日

不透明な世界を考える (2)経済的豊かさをもたらすもの

 今回はどうすれば経済的な豊かさをもたらすことができるかについて考えてみる。経済的な豊かさは幸福感の最も大きな要因であることはおそらく間違いないだろう。

第2次世界大戦後、世界が資本主義陣営と共産主義陣営に分かれて争った時期があり、共産主義陣営は例外なく経済的に行き詰まり、ソ連のように国が分裂したところもあるし、政治的には共産党独裁政権が続く国でも経済的には殆どが資本主義の考え方を取り入れている。例外は北朝鮮やアフガニスタン、アフリカのいくつかの国のような軍事政権である。

ここでいう「資本主義」とは何か? 私は厳密な定義を考えているわけではなく、訪米や日本のような先進国での企業や個人を単位として利益を求めて経済活動をする仕組みをイメージしている。ちなみに岸田首相は「新しい資本主義」を唱えているが、彼らが考えるこれまでの資本主義は「新自由主義」で市場に任せて各自が利益を最大化しようと行動すればうまくいく、という考え方で、これに対して新しいものを検討している。これは資本主義のとらえ方としては狭すぎるし、現在世界で行われているのは新自由主義ではないと思う。

共産主義の失敗から我々が学んだことは経済発展の豊かさをもたらすものは様々な工夫によるイノベーションであり、それを活性化するには競争原理が不可欠だということである。権力者が自分のやり方を他者に強制するやり方は一時的にはうまくいくように見えても結局は新しいアイデアが出にくくなって衰退する。一方で、様々な企業を競争させて勝者には大きな経済的豊かさが得られるようにすれば、国民一人一人が活性化して全体として大きなエネルギーになり、経済が活性化する、ということだと考えて間違いないと思う。

第2次大戦後の経済発展を振り返ると、1950年から1990年までに最も成功したのは日本であり、1980年から2020年までに最も成功したのは中国である、ということに反対する人は少ないだろう。これらはイノベーションを起こして発展したというよりも、貧しさから抜け出すために、安い賃金でよく働いた労働効率の高さと、先端技術を取り込む動きがうまくマッチした結果だと私は考えている。日本が豊かになると、イノベーションの勝負になり、その分野では存在感を示せていないのが、ここ30年の日本である。

中国は共産主義国でありながら実にうまく競争原理を取り入れた。日本と同様に安い労働力で欧米の技術を取り入れつつ、競争環境を作り出して日本よりもはやい速度で経済発展を成し遂げた。私は国際標準化の場で中国のモバイルオペレータ中国移動の技術者たちとも付き合ったが、彼らは100%政府が株式を所有する企業であるにもかかわらず、官僚的ではなく、民間の技術者と付き合っていた。競争環境に適応していたと思う。しかし、その中国も曲がり角に来ている。労働人口はすでに減少に転じ、政治的摩擦から最先端技術の導入も困難になってきてる。今後の中国経済は困難な時代に入っていくと思う。

貧しくない欧米で、うまくやっているのはやはり米国だろう。米国は、ほかの先進国と比べて競争重視の社会であり、勝者には大きな報酬がもたらされる。それを求めて世界中から優秀な人物が集まっている。米国の仕組みが最もイノベーションを起こすのに適しているといえるだろう。しかし、競争には必ず勝者と敗者があり、敗者をどのように扱うのが良いか、という課題がある。この点に関しては世界各国で様々の異なる対応が出ておりまだ結論が出ていない。一般に勝者よりも敗者のほうが数は多く、敗者に不満がたまると政治的に不安定になる。これが現在先進国で見られている政治的不安定さの原因だと思う。
敗者に施しを与えるのでは十分ではない。敗者がいかに納得してその後の人生を歩めるかが重要だと思っている。