2024年3月20日水曜日

今後の日本経済のカギは為替水準

 日銀は3月19日、マイナス金利の解除を発表し、大きく報道されている。春闘では満額回答が相次ぎ、高い賃上げが実現した。春闘で高い賃上げ、日銀のマイナス金利解除と、一連の経済ニュースは岸田総理の期待通りに進んでいる。一方で自民党の裏金問題は不透明さが続いており、政府の支持率は上がっていない。本来なら経済問題のほうが裏金問題よりはるかに影響が大きいので、支持率改善に向かうはずなのだが、そうならないのは、この動きが岸田総理の動きによりもたらされたのではない、ということが見透かされているからかもしれないと思う。

高い賃上げも、マイナス金利解除も確かに好ましいことである。しかし、それで、賃上げ、消費拡大、企業の業績向上、さらなる賃上げという好ましいサイクルに向かうかというと、それはまだ極めて不透明だと思う。賃上げを消費者が実感するのは今年の夏以降くらいだと思う。しかし、増えた収入はすぐには消費の増加には向かわない。これまで何年も物価高よりも低い賃上げに留まっていたので、これでやっと消費の削減が止まる程度だと思う。

来年も今年と同レベルの賃上げが行われれば、今度は消費増加のサイクルに向かうと思う。物価の上昇は落ち着いてきており、実質的な所得増が起こることと、2年連続の大幅賃上げで、賃上げが続くというマインドが醸成されるからである。従って、来年の賃上げ率が、日本経済の将来にとって極めて重要だと考えている。

問題は企業に来年も大きな賃上げを継続する体力があるかどうかだと思う。私はそのカギを握るのが為替の水準だと思っている。今年末時点で、$1=¥140以上なら好況感が続き、大幅賃上げの可能性が高く、$1=¥130以下なら先行き不透明感が強いので大幅賃上げは続かないだろうと思っている。135円くらいなら、企業によって好況感はまちまちだと思う。

欧米はインフレ退治のためにこの2年ほど金利を上げ続けた。一方で日本は、インフレよりも不況感が強く日銀は大規模金融緩和を続けてきた。結果として大きな金利差が続き円安になったことで、日本企業の景況感が良くなった。しかし、欧米はこれからは金利を下げる方向であり、日本はこれからは金利を上げる方向であるので、これからは方向性としては円高に向かうはずだと思われる。今年に入って日本の株価が上がっているのは、今後は円高が見込まれるので、為替差益が見込める外国人の日本株買いが出て、それが今年に入っての日本株の上昇につながっていると思う。

日銀は日本企業の体力が弱いことを知っているので、本来は大規模緩和を止めたくないのだと思う。しかし、欧米の金利が下がってきて、再び為替水準が円高に向かうと、打つ手が無くなってしまう。それで今回、マイナス金利、YCC、日本株の買い入れといった普通では無いような操作を止めることにした。その一方で国債の大量買入れは続けている。難しい状況で、植田総裁はうまく制御していると思う。今後の日本の金利はほぼゼロ金利が維持されると思う。

今後の為替水準に最大の影響を与えるのは米国の金利だろう。大統領選挙と絡んで、米国の金利がどの程度下がるかは予測が困難であるが、5年後のような長期の状況は$1=¥160近づくような円安に向かうだろうと私は予測している。そうなると日本の景況感も悪くないだろうと思う。

2024年3月3日日曜日

日経平均は史上最高値を更新したけれど・・・

 今年に入って日本の株価は上がっており、日経平均はバブル期の最高値を超えて史上最高値を更新した。現在の株価はバブルではないとみられており、さらに上がるという人も多い。その一方で街角の景況感は良くなく、物価高で苦しんでいる人がたくさんいるという。どちらも本当なのだが、これからどうなるかについてはいろいろな意見がある。私はいわゆるエコノミストと呼ばれている人達がテレビなどで語っていることに対して違和感を持っているので、それを書いておきたいと思う。

かなりの割合の人が、今年の賃上げが重要で、適切な賃上げが行われれば日本景気は好循環に入ると言っている。これは岸田総理をはじめとする政府の見方で、これを言う経済評論家は忖度を強みとしている人達だと私は思っている。賃上げは富の分配の変更で、従業員に富が移った分だけ企業の富が減る。その分だけ企業は先行投資に資金が減るわけでよいことだけではない。私は賃上げは好景気の本質的要因ではないと思っている。

もう少し考えている人は、賃上げだけではだめで、DXの推進とか、AIの活用とかで労働生産性を上げなくてはいけないと言っている。この意見は賃上げよりは本質をついていると思うが、私はまだ不十分だと思っている。

私は国の経済の強さを決める指標は国際競争力だと思っている。AIとかDXとかを使って労働生産性を高めることは世界中で行われている。問題は日本が他の国より速いペースで労働生産性を上げられるかどうかで、現在よりも労働生産性を上げられるかどうかという、「今より良くなるか?」という視点ではない。世界よりもゆっくりしたペースでしか改善が進まないならば日本の地位は下がり、好況感は得られないと思う。このことを指摘している人はほとんどいないと私は思っている。

日本が他の先進諸国よりも速いペースで労働生産性を上げられるかというと、私は絶望的に難しいと思っている。日本の小学校から大学までの教育、社会の至る所にある変化を嫌う仕組みなどが障害になるからである。これが変わって効果が出始めるのは早くても30年後だろうと思う。その一方でここ1年ほど日本の国際競争力は上がっており、本格的効果が出るのはこれからだと思う。

その要因は円安である。円安は、日本人の給与が下がっていることを意味しており、これは日本のコスト競争力が上がっていることを意味している。これは日本の国際競争力の向上を意味している。日銀が利上げをして、欧米の金利と変わら無くなればまた$1=¥120のようなレベルになるかもしれないが、おそらくそれは起こらないだろう。欧米(特に米国)は中国との対立から中国以外で良質で安価な労働力を求めているので、「円が安すぎる」といった政治的圧力もしばらくは出ないだろう。TSMCの半導体工場の日本進出に代表されるような、外資系企業の製造拠点が日本に増えて日本の好況感がしばらくは出るだろうと思う。

これは日本人の賃金が安いことによるものなので、本質的にはあまり好ましいものではないが、少なくとも今よりは生活が楽になるので、大きな不満は出ないように思う。このままいくと、企業の役員クラスは外国人、中間管理職以下が日本人という構図に収斂していくと思う。それはそれで悪くはないと思うのだが、寂しいとは思う。

更にAIの普及が仕事を奪うという将来に向けた問題がある。これに対して日本社会は大きなリスクを抱えていると思うが、その一方で可能性もあると私は思っている。これに対しては別途書いてみたい。

2024年1月29日月曜日

囲碁AIの利用経験から感じるAIの特徴

 現在、ChatGPTに触発されて大AIブームが来ている。様々な分野でのAIの利用が人間の業務に多大な影響を与えることは間違いないだろう。AIに対する巨大投資のきっかけは2016年にGoogle傘下の英Deep Mind社が開発した囲碁AIのAlpha Goが人類最強のプロ棋士に勝ったことであることは間違いないだろう。囲碁は将棋やチェスに比べて場合の数が桁違いに多く、コンピュータが人間に勝つのはまだずっと先だろうと言われていた。しかし、Alpha GoはDeep Learningの技術を使って、それを実現してしまった。

Deep MindはAlpha Go(後にAlpaha Go Leeと命名)、に続いてAlpha Go Master、Alpha Go Zeroという改良版を出している。Alpha Go Leeは過去のプロ棋士の対局の棋譜を学習させて、当時の世界トップのLeeに勝った。続いてAlpha Go Masterでアルゴリズムの改良を行い、日本のトップよりレベルが上の中国のトップ棋士に100連勝した。ちなみに人間ではどんなに強い人でも年間勝率80%程度である(年間60-70局程度)。更にAlpha Go Zeroでは一切人間の棋譜を参考にせず、AIにルールだけ教えてAI同士の対局をさせ、初心者から初めて、学習を積み重ねてAlpha Go Masterを超えるレベルに到達した。これでDeep Mind社は「もはや人間と対局させる意味はなくなった」として、一般人への公開も取りやめ、現在では対局することはできない。

しかし、Deep Mindに触発されて複数の組織が囲碁AIを開発して、無料でダウンロードして使えるようになっている。これらの囲碁AIも人間のトップ棋士よりも強い。私を含めて多くの囲碁ファンはGPU入りのPCを買って囲碁AIをダウンロードして使っている。前置きが長くなったが、以下に囲碁AIの利用経験から感じたAIの特徴を整理する。

〇AIは間違える
これまで「コンピュータはできることは限られているが間違えることはない」と思われていたが、AIは間違える。AIは決まったプログラムを実行しているのではなく、アルゴリズム自体を学習で変えているのでその中に間違いが含まれるのは当然である。これは全てのAIに言えることだろう。但し、人間より間違える頻度は低いので人間よりも囲碁は強い。

〇AIには創造性がある
一般には「AIには創造性がない」という人が多いが、私は創造性があると思っている。その証拠に囲碁の定石はAIが出現して大きく変化した。今までは「良くない」と思われていた打ち方が実は良い方法であると知って、プロ棋士の打ち方が変わった例は多い。新しい打ち方がAIによって創造されている。「それは囲碁という限られた世界だからだ」という人がいるかもしれない。しかし、音楽の作曲は音の組み合わせから心に響く組み合わせを求める作業であり、私はAIで作曲は十分にできると思っている。

〇AIの優れた点は判断力
AIといえども最後まで読み切って判断を下しているわけではなく、例えば20手先まで読んで最も有利になる手を現時点での最善手として決定している。つまり20手先の局面で「どちらが有利か」という判断が極めて重要である。この判断力でAIは極めて優れており、プロ棋士もほとんどAIの判断を参考にしている。最善の結果に至るにはどのような手の組み合わせが良いかは「読み」と言われる。「読み」では必ずしもAIが人間に勝っているとは言えない。例えば「取るか取られるか」という大変な戦いの最中で、20手先でもまだ結論が出ていないような場合、AIはあいまいな判断をするが、人間は30手先でも結論が出るまで読んで結論を出す。複雑な読みが必要な局面ではトッププロがAIに勝ることは少なくない。コンピュータというと読みが優れたものと考えがちだが、Deep Learningによって人間よりも正確に、優劣を判断できるようになった点が、AIが人間より強くなった最大のポイントだと思う。

以上のように、AIの特徴は従来のコンピュータからイメージするものとはかなり違っている。この点をきちんと押さえることが今後のAI利用で重要になると思う。