2025年6月12日木曜日

日本学術会議のあり方について

 国会で日本学術会議の在り方の見直しが承認され、政府直営から独立行政法人に変更になった。政府が活動費を支給する代わりに、評価、監査は内閣府が任命した第3者機関が行うという。これをもって政府の介入を危惧する人もいるが、まずは学術会議が何をするか、第3者機関がどう評価するかを見守りたいと思う。全体としては良い方向への評価だと思う。

言うまでもなく、今回の変更のきっかけは菅義偉元総理がこれまでは認めてきた学術会議メンバーの推薦に対して拒否権を発動した点にある。結果として学術会議の在り方の見直しと、菅氏辞任の理由の一つになったと思う。

日本学術会議は元々は日本の科学技術の在り方について著名な学者が集まって政府に対して提言を行う機関だったが、次第に人文系の学者の発言が強くなり、内容が変質してきた印象を私は持っていた。特に「戦争反対」を金科玉条のように唱えて現実離れしてきた印象を私は持っている。戦争賛成を唱える人は居ない。その一方でプーチン大統領のように隣国に侵略戦争を仕掛ける人物が世界で存在感を持っておりこれを世界は止めることができていない。これを止めるには「戦争反対」を声高に叫ぶだけでは解決しないのは明らかである。しかし、学術会議は現実的な解を探るのではなく、今でも自衛隊不要論を唱えているような印象を私は持っていた。

菅義偉元総理が何人かの学術会議メンバーの任命承認拒否を行ったのは心情的には私にも理解できる。しかし、承認拒否の理由を問われて「人事の問題だから」と回答したことに私は強い不満を持っている。マスコミも野党も「人事の問題には理由を説明せずに恣意的に決定してよいのか」という突っ込みを入れていない。ここに私はこれまで述べてきた「日本経済の凋落が止まらない」の原因を見ている。つまり、「人事の問題は微妙な問題なので説明しなくてよい」という暗黙の社会の認識を感じている。こういった態度が日本のイノベーションの強化を阻んでいると思う。

今後の学術会議がうまくいくかどうかも、第3者機関と学術会議のやり取りが、説明責任をもって行われるか、暗黙の圧力で行われるかといった点が鍵になると思う。

政府が日本学術会議に不満を持ったからかどうかは分からないが、日本学術会議の機能は総合科学技術会議と重なっているように見え、最近は総合科学技術会議のほうが重視される方向に見える。どちらも学会の重鎮が仕切っているはずなので、統合の話などが学者側から出ても良いと思うが、果たしてどうなるか、今後の推移を見守りたい。

2025年6月6日金曜日

日本経済の凋落が止まらない (8)現実的な対応は

 日本経済の凋落が加速すると言っても、急に不景気になるとは思っていない。2022,23年の円安で日本の競争力は高まっているので、その余力で今後2-3年は現在とあまり変わらない状況が続くと思う。その後はスタグフレーションになると思うが、その状況にどう対応するかでその後の日本の状況は大きく変わると思う。いずれにせよ日本全体にかかわること、状況認識として重要であるが、国全体の動きはブログに書いたくらいでどうにかなるとは思えないので、以下には個別企業の対応について考察する。

個別企業の対応はシンプルである。自分の会社がイノベーションに強くなればよい。国内を主な活動の場とする企業にとっては周囲のイノベーション力が低いので、トップが舵を切れば比較的容易にイノベーションに強い企業になれると思っている。世界と戦っているトヨタや日立などは苦戦すると思うが、既に必死で取り組んでおり、私がコメントする必要もないと思う。

イノベーション力を高めるのに重要なことは多岐にわたるが、最も重要なのは個別の施策よりも企業風土だと思う。社員全体がイノベーション力の強化に向かっている企業は強くなるはずだと思う。実際そのような企業のあるようである。企業風土に最も影響の大きいのは人事政策だと思う。イノベーションを起こす力のある人が昇進するような仕組みが不可欠だと思う。

日本企業は長年続けてきた年功序列の昇進方式から離れようとしている。多くはジョブ型と呼ばれる業績評価に向かっているが、私は重要なことは各社員をきちんと評価してそれを伝えることだと思っている。その評価基準としてこれまでは年齢が大きな要素だったわけだが、それを年齢から売り上げなどの計測が容易な指標に切り替えるのではだめだと思っている。研究者なら特許件数とか、論文件数とかがこの種の指標になるわけだが、実際の活動内容を分析して評価すれば異なった評価が出てくることが少なくない。私の経験では個人の人事評価を複数の人物が議論して評価を決めれば評価ミスは少ないと思う。

日本人は相手にとってマイナスになることを伝えることに強い抵抗感を持つ人が多い。就職の不採用とか降格とかをできるだけ口頭で伝えることをせずに相手の見えないところで伝えようとする。このマインドが良くないと私は思っている。相手にとって良くないことでもどこが良くないかを指摘して納得させる能力が重要だと思っている。日本企業では降格は極めて少ないが、一部には降格をそれほど例外的なことではない状態の企業もある。それで降格にされた人が不貞腐れるのではなく、試合に負けたような受け止めで、「次は能力を高めて頑張るぞ」と思うような企業は強くなる。降格の多い企業は抜擢も多くなる。良い企業風土とはこういったものだと思う。鍵は人事評価を説明責任をもって行うことで、私はこれを公務員に対してぜひ導入してほしいものだと思っている。

ここまで書いてきた一連の「日本経済の凋落は止まらない」というブログはここでいったん打ち止めにしようと思う。今回は経済に焦点を当てて考察したが、経済は国家の一部の指標でしかなく、本来は「どのような国が良い国か」という哲学が重要だと思う。一部の支配層にとって都合の良い哲学ではなく、国民全体が生き生きと活動できる国にするには何が重要か、私自身の中でもまだもやもやしている。

2025年6月4日水曜日

日本経済の凋落が止まらない (7)今後10年間日本経済の凋落は加速する

 今回のテーマが私がこの一連のブログを書き始めた動機である。

今後10年間、私は日本経済の凋落(国際競争力の低下)は下げ止まるどころかむしろ加速するだろうと思っている。その理由はAIの社会への広範囲な浸透である。AIが今後社会の至る所で利用され、急速に普及することはほぼ疑いない。日本はAI導入に送れるだろうが、それだけではなく、AIの影響も日本にマイナスに働くと思う。AIは主にホワイトカラーの仕事を奪う。ホワイトカラーの5分の1程度はAIを利用する側に回りより豊かになるが、5分の4は職種転換を余儀なくされるだろうと予測している。

既に述べたように日本ではブルーカラーが強く、ホワイトカラーは弱い。ブルーカラーの仕事を広範囲に置き換えるにはロボットが必要なのでまだ数十年先になると思っている。日本の強いブルーカラーへの影響が少ないのならむしろ日本にとって都合が良いのではないかと考えるかもしれないが、むしろ逆だと思っている。その理由は給与水準がホワイトカラーのほうがブルーカラーよりも高いからである。

給与水準の高いホワイトカラーの需要が国全体として下がる。さらにデジタル赤字で外国企業のシェアが上がるので多くの日本企業のホワイトカラーは接客や肉体を使う仕事のようなAIが入りにくい職種への転換を余儀なくされるだろう。このようなAI化の進みにくい職種の付加価値を高めて給与水準を高めることが急務である。それができない企業は競争力が下がるし、国全体では社会不安につながるおそれがある。

現在日本ではリスキリングが注目されているが、言葉からして欧米で作られた概念であることは疑いない。現在のリスキリングはAI活用といった方向を目指しているように思うが、AI活用の人材は需要が小さいので、全ての人がそちらに向かうことはできない。AI活用に転ずることができない人が大量に発生することを前提にリスキリングプログラムを考えるべきだと思う。

AI導入が10年で終わるとは思わないが、10年も経つと導入は一巡し、社会の対応力も付いてくるので、AIの影響は下がってくると思う。AI失業はピークを打ち減少に転じると思う。それからが日本経済が底打ちするチャンスだと思う。AIのブルーカラーの仕事への浸透はゆっくりとしか進まないし、日本企業のイノベーション力も向上に向かう時期だと思う。但し、これは今から日本全体でイノベーション力の向上に取り組み始めたという前提の上である。

私の予想通りに社会が進むとすれば国全体で様々な問題が生じると思うが、私が特に気にしているのは年金予算の枯渇である。増税をしない限り年金を減らすことはやむを得ないことになるだろう。10年後には私は84歳、余命はそれほど長くないので年金を減らされても何とかなると思うが、問題は就職氷河期世代である。彼らが年金を受け取る時期になっており、ここでも彼らは不遇となる。この対策は不可欠だと思う。結局、この対策には増税しかないだろう。増税できる手段としては分離課税になっている投資による所得を給与所得などとして合算する総合課税化しかないのではないかと思っている。いろいろ批判されているマイナンバーカードはそのための手段だと思っている。

2025年6月3日火曜日

日本経済の凋落が止まらない (6)日本のイノベーション力を底上げできるか?

 今回は前回の「2.日本がイノベーションに強くなる」について考えてみる。

結論を先に言うと日本のイノベーション強化は非常に難しいと思う。私は現在の日本のイノベーション力は弱いと思っているが、20年ほどかけてイノベーション力で弱くない、つまり普通の国になれば成功だというくらいに思っている。その理由は日本社会の至る所にイノベーション(変化)を嫌う文化が根付いていると思うからである。

以前も書いたが、日本の刑事ドラマなどで地域再開発がテーマになるとほぼ必ず再開発派が金儲けをしようとする悪い人で、反対派が貧しいが善良な人たちということになっている。料理がテーマの場合には新しい味を求める人が悪者で、昔ながらの味を守る人が善人ということになっている。「従来のやりかたを変えるのは悪いこと」という刷り込みがなされている。

明治以来、日本政府は「欧米に追い付け、追い越せ」を合言葉に、知識と理解力があって、協調性が高く、上司の命令に忠実な人材育成を行う教育体系を整備した。結果として優秀なブルーカラーが大量に育成され、日本が工業大国になることに大きく貢献した。しかし、イノベーションが重要となるとこの方針がマイナスに作用する面がある。イノベーションは現在のやり方に疑問を持つところから始まる。現在の教育はこの疑問を抑圧する傾向があると思う。最近の教育現場では知識だけでは不十分で思考力を養わないといって、動いている。良い方向に動いていると思うが、「学校の今のやり方に疑問を持ち、それを発現する」といったことを奨励するべきだと思う。

政府では毎日何十という検討会議が行われている。各会議は多くてもひと月に1回だから検討会の数は千を超えるだろう。利害関係者と学識経験者を集めて、どうすればよいかを議論する場だが、多くの場合シナリオは事務局である官僚と業界の有力者とで決められており、本質的な議論にはならない。無理なくシナリオ通りに結論を導く官僚が優秀とされる。官僚が業界と結びついているのはお互いにメリットが大きいからである。ライドシェアの日本導入に関する議論などはその典型である。イノベーションはベンチャー企業によって提案されることが多い。ベンチャー企業が事業を拡大しようとするとこのような政府の体制によって阻まれることが多い。

現在の日本の文化や習慣は殆どが江戸時代に確立されている。そして、徳川政府が日本にイノベーションを嫌う文化を根付かせたのだと私は考えている。徳川家康が天下を取った時にその権力基盤はまだ盤石なものではなかった。自分の権力基盤を盤石なものとするために様々な手を打った。基本的には上司に逆らわないように国民をマインドコントロールする方針だと私は考える。決まりに関してはその正当性を疑わず、従うことが重要である、内部の争いを避けるため長男よりも次男のほうが優秀でも長男を跡継ぎにして、皆で長男を盛り立てるべし、等がその典型である。

明治維新を起こした立役者は多くがこの徳川政府の考えに疑問を持った人たちだろうと想像している。しかし明治政府はこの徳川文化を温存した。自分が権力者の立場に立つと、反発するものを抑えるような文化が好ましいと考えたのだろうと私は想像している。ちなみに、江戸文化は日本人の本来的なものでは無いと私は考えている。少なくとも戦国時代は変化を起こして成功することが高く評価されていたし、それ以前には特に変化は良いとか悪いとかいう意識は強くなかったのだろうと思っている。

以上のような国全体を覆う意識を変えるには大変なエネルギーが必要だということは容易に想像できるだろう。いずれも最近、イノベーションが重要になってきて見直しは行われている。しかし、抵抗勢力も多く、変化は遅々として進まない。実際に変化が起きて効果が確認できるレベルになるまでに少なくとも20年はかかるだろうというのが私の推測である。


2025年6月2日月曜日

日本経済の凋落が止まらない (5)産業成功のカギを製造に戻せるか?

 現在、成功のカギがイノベーションに移り、凋落している日本経済を復活させるにはどうすればよいか?

1.成功のカギを日本の強みである製造に戻す
2.日本がイノベーションに強くなる
3.成功のカギをイノベーション以外の日本の強みに移す

の3通りしかないだろう。このうち3に関しては私はアイデアを持っていないのでこのブログでは取り扱わない。今回は1.に関して考えてみる。

結論を先に言うと1.は非常に難しくほぼ不可能に近いと私は考えている。

まず、日本が世界の産業構造に働きかけるには、市場に影響力を発揮することが必要だが、日本の市場規模は世界であまり大きくなく、日本の市場を変えたとしても世界から孤立するだけだという点がある。

それに加えて世界の産業の成功のカギはこの30年ほどで製造からイノベーションに移ってきた。これは世界で最大規模の米国市場が動いた点が大きいが、イノベーションといっても、新機軸を打ち出せば良いということではなく、その新機軸が一定規模以上の利用者にとって有効であると受け入れられて、産業として成立し、それが更なる投資を呼び込んで普遍化して汎用性を持つようになる、というサイクルが回らなくてはならない。私の実感としてはこのイノベーション重視の方向性は加速していると思う。

その大きな要因は半導体技術の急速な改善である。半導体の性能と低消費電力化が急速に進むことによりプロセッサの性能が大きく向上し、多くの仕事がプロセッサで実現できるようになった。つまり付加価値がハードウェアからソフトウェアに移動して、新しいアイデアを試してみてうまくいかなければすぐ次のアイデアを試す、ということが可能になっている点が大きいと思う。

日本企業のソフトウェア開発力は低いと断定できると思う。ハードウェアの分野では、衰えたとはいえ日本製品でシェアが世界1というものはたくさんある。しかし、ソフトウェアでシェアが世界1というものは一つもないと思う(日本市場の規模が世界1のものを除いて)。日本企業でソフトウェアに強い会社というと、NTTデータ、富士通、NECなどが考えられ、最近は企業向けのDXソルーションで好景気であるが、顧客は殆どが日本企業で世界では存在感を示せていない。開発手法に関しても、要求仕様を柔軟に変えられるアジャイル開発が世界では主流になりつつあるが、アジャイルでは仕様策定者とソフトウェア開発者が一体となって作業をすることが必要なので開発を外注している日本では導入が遅れていると思う。

日本の強みであるトヨタ式生産方式はソフトウェア開発には使えない。カイゼンは同じ作業を繰り返す中で常に工夫して作業効率を上げていく方法であるが、ソフトウェアは製造ほぼノーコストでできて、必要なのは開発だけである。開発では同じ作業を繰り返すことはなく、よほどうまく工夫しないとカイゼンの手法を使うことはできない。

半導体の急速な性能向上はいつまで続くのだろうか? これまで半導体の性能向上はムーアの法則による製造工程の微細化によっていた。製造工程の微細化は限界に近付いており、微細化のペースは遅くなっている。最近は3次元チップなどの方向に動き始めているので微細化は限界に近いといえるだろう。しかし、現状で最先端の2nmプロセスの工場は建設費が非常に高価で世界でも数か所しかない。このような現状の最先端の製造技術の安定化や低価格化は今後も進むだろうから今後10年くらいは半導体の全体としての高性能化は進むと思う。

結論として少なくとも今後10年くらいはイノベーション重視の産業構造は続くだろうし、付加価値のソフトウェア化も進むと思う。

2025年6月1日日曜日

日本経済の凋落が止まらない (4)敗戦からの奇跡の復興を遂げた日本の強み

 ここからは日本経済の凋落を止めるための対策について考えていきたい。

対策の第一歩は日本の強みを明確に認識することである。米国は「米国の強みはイノベーション力にある」と喝破して現在の強みに達した。敗戦の焼け野原から30年程度で世界トップをうかがえるレベルまで上り詰めたのは日本にどんな強みがあったからだろうか?

私は製造業の強みにあると思う。製造業には商品企画、開発、製造、流通、保守というプロセスがある。そして事業の成功を担う大きな要因には他に営業がある。これらの中で日本企業が特に強いのは製造だと思う。

70年代、80年代に家電や自動車で日本がシェアをどんどん伸ばしていった時期には、新製品のリリースペースが欧米の企業よりも圧倒的に早かったということがあったので開発が強みだという人もいるだろう。今でも、低消費電力化といった数値競争の新製品開発では日本企業は強いと言えると思う。但し、現在ではこの分野には中国という強敵がいる。イノベーティブな製品を出すには、マーケティング、商品企画、開発という全体が必要になるが日本企業は全体としてマーケティングが弱く、この意味での開発は強いとは言えないと思う。

製造の分野では間違いなく強いと思う。トヨタ式生産方式は世界に誇れる日本のシステムである。トヨタのOBは様々な企業にトヨタ式を教えているが、トヨタのようにカイゼンを企業文化にまで持ち上げるのは容易ではなく、簡単に追い抜かれることは無いだろう。トヨタでなくても日本企業の製造力は全体として高いと言えると思う。人材の観点からいうと日本企業の強みはブルーカラーにありホワイトカラーは強いとは言えないと思っている。

日本の製造業が強くなったのは明治維新以来の文明開化、富国強兵政策が結実したものだと思っている。明治維新でできた新政府は、江戸時代の鎖国で世界にいい気く出遅れたことを悟り、「これからは工業化の時代が来る」と考えて初等教育から高等教育、産業政策などの政策全体を日本が工業大国になる方向に舵を切った。20世紀に入るころには日本はアジアでは突出した工業国になっていた。増長した日本軍が戦争に突き進み敗戦国となったわけだが、戦後短期間に復興できたのはそれまでの50年以上の日本の政策による日本社会の工業化ポテンシャルの高まりがあったと思っている。

しかし、バブル崩壊後日本経済が低迷しているのは、産業の成功のカギがイノベーションに移り、日本がイノベーションに強くないことを意味していると思う。次回はこの点について掘り下げてみたい。