2025年5月31日土曜日

日本経済の凋落が止まらない (3)欧州の動き EU統合

 米国がイノベーションに向けて動き始めたころ、欧州では別の方向に向けて大きく動き出した。EU統合である。彼らは欧州経済を統合して米国と対抗できるレベルの市場規模を作り出すことを目標とし、共通通貨ユーロを導入した。

米国は合衆国であり、異なった地域がそれぞれ州として国に組み込まれるという経験を持っているが、米国建国初期でまだそれぞれの体制も完備していなかったので比較的容易に統合が進んだと考えられるが、欧州の場合にはそれぞれ独立国として確立していたので統合の議論は容易ではなく、ゆっくりと進行しており、現在でも進行中である。

統合の議論の過程で、欧州は完全には合意に至らなくても、納得して合意文書を作成し、ゆっくりとでも前に進むという多数団体の合意形成というノウハウを獲得した。このノウハウが生かされた産業分野が携帯電話である。携帯電話の初期には国別に異なった方式を採用していたが、まず欧州で統一システムGSMを確立し、それを更に世界統一システムに拡張してUMTSを作成した。携帯電話の分野では欧州勢が大きな存在感を持った。この経験を生かして様々な分野の国際標準化で欧州勢は大きな存在感をもって現在に至っている。

イノベーションと合意形成、あるいは半導体と携帯電話では産業全体の対する影響の広がり度合いが違う。市場も統一に向かってはいるがまだまだ単一国家と比べれはばらばらである。それで欧州の産業は米国ほどには強くならなかったのだと私は思っている。それに加えて英国のEU離脱が欧州統合に対して水を差した。今では英国のEU離脱は失敗であったという評価が定まっていると思う。一部のポピュリストの英国の政治家に英国民が踊らされたのがその理由だと思う。今でも反EUを唱える政治勢力が増加している国はあるが、EU離脱という話は出ていないという。

トランプ政権の誕生で米国は敵にも味方にもなり得る第3者 、という認識が欧州には広がっている。ユーラシアグループの言うG0の時代への対応を欧州は遠からず本格的に打ち出してくると私は思っている。

なお、トランプ政権の製造業米国回帰の本気度について補足しておきたい。メキシコ国境の壁建設と同様に着手はする、現にすでに着手している。しかし、うまくいかないとすぐに支持率を失わないように方向転換する、というのが私の見方である。日本製鉄のUSスチール買収についても同様の結果だったと思っている。

2025年5月30日金曜日

日本経済の凋落が止まらない (2)米国の逆襲

 前回も書いたが、日本は敗戦後の焼け野原から奇跡的に急激な復興を遂げ、1980年代には米国にとって最大の経済的脅威を与える国になった。80年代の米国は日本に対して関税をかけるなど、現在中国に対して行っているような様々な圧力をかけて日本の力を弱めようとした。その中で最も大きな影響があったのは円高である。

円高に加えて90年代に入って日本の不動産バブルがはじけたことによって日本経済は勢いを失い、そのまま現在に至っている。多くの経済人は円高と日本がバブルがはじけたことに対する失敗が日本経済を弱めた原因であると言っている。しかし、バブル処理が終わってアベノミクスで金融政策を転換しても日本は好況には転じていない。その理由は成長戦略が実行できていないからである。

私は米国経済復活の本質的な理由に米国の大きな経済政策の転換があると思っている。それは製造業を捨ててイノベーションで勝負するという考えである。当時、米国が大きな貿易赤字に陥ったのは、米国の工場の質が悪く製品の品質で日本に負けていたからである。日本を叩いたとしても韓国、中国が後に続いており、米国製造業が復活できる見通しは立たなかったのだろう。

そこで取った第1の政策が製造のアウトソースである。世界で最も適した地域で生産する、という方針を取り、日本のバブルが崩壊した後は中国での生産を増やし、中国が世界の工場と言われるようになった。その結果中国の経済力が強くなり、今、米国は中国叩きに心を砕いている。

米国自身の強みはどこに求めるか?

彼らは米国の強みは「イノベーション力」にあるとして、イノベーションを起こした企業が最も大きな利益を上げられるような政策を取った。具体的には特許を重視したプロパテント政策である。これに従って90年代以降、米国の企業はいたるところで特許訴訟を起こし、世界中の企業から嫌われた。しかし、特許制度にはかなりの合理性があり、特許を無視することはできずに、米国企業は復活した。

事業分野でいうと、この40年間イノベーションが進んだのは半導体の分野である。デジタル半導体の性能は40年で100万倍程度向上し、他の分野を圧倒している。他の分野では性能が上がったとしても10倍程度だろう。シリコンバレーは世界のイノベーションのメッカとなった。イノベーション重視の政策は米国経済を見事に復活させたと思う。

現在はイノベーションが利益の源泉となるという経済原理は世界に浸透していると思う。そして日本経済が凋落を続けているのは他の国に比べてイノベーション力が低いからだと思っている。その大きな理由はイノベーション力を生産性の向上といった狭い意味でとらえている点が大きいと思う。

現在、トランプ政権は米国の製造業を復活させようと躍起になっている。しかし、たとえ工場を米国に移したとしても、米国の工場が他の国の工場よりも効率が良くなる可能性は低いと私は思っている。また、私は製造業の米国回帰についてトランプ氏がどこまで本気なのかも疑っている。彼にとってはメキシコ国境の壁と同様に支持率を上げるための方便ではないかと思っている。

2025年5月29日木曜日

日本経済の凋落が止まらない (1)何をもって凋落というか、インフレで凋落は止まるか?

 最近、経済ニュースというとトランプ関税関連が圧倒的に多いが、ここで論じる経済の話は数か月単位の話ではなく10年単位の経済動向である。

日本は第2次世界大戦で敗戦後、奇跡的経済復興を実現し、1980年台には世界2位になり1位の米国をも脅かす存在になった。しかし、バブル崩壊後「失われた30年」の間、経済は低迷し、国民総生産(GDP)では中国に抜かれ、ドイツに抜かれ、今年はインドにも抜かれると言われている。豊かさを実感する指標としては個人所得である「ひとり当たりGNI(GNIは、GDPに国内居住者や日本企業が海外への投資等によって得られる利子や配当などの所得の純受取額を加えたもの。一人当たりGNIはGNI総額を各国の人口で割った値)」のほうが適切だろう。そのひとり当たりGNIは2022年に日本は世界24位、2023年は37位となっており、G7各国の中で最下位である。2023年の大幅な順位低下には円安が影響していると思われる。

ひとり当たりGNIでは投資による収入をカウントしているのでモナコ、リヒテンシュタイン、バミューダ、ケイマン諸島といった富裕層を呼び込む投資国家が上位に来るが、これらは人口も規模も小さく日本と比較する意味はないだろう。しかし、G7で最下位、2023年には韓国にも抜かれた、といった事実は重く受け止める必要がある。円安は日本全体の購買力が落ちていることを意味するので経済力の本質をついていると言えるだろう。

最近は、物価高になって、給与水準も上がっているのでこれから日本経済は良くなる、という議論があるが、私はそうは思わない。アベノミクスでは3本の矢といって、第1の矢が金融緩和、第2の矢が公共投資、第3の矢が成長戦略である。第1の矢と第2の矢がうまくいって日本経済はインフレ基調になってきたが、第3の矢が機能していないので、このままでは円安が一層進むだけだと思っている。自民党にはアベノミクスを続ければ景気が良くなるという人がいるが、誰も第3の矢に対する方針を示してはいない。大きな成長戦略を示さない限り、日本経済の好転は望めないだろう。

成長戦略が重要ということは多くの人が指摘している。その大部分は労働生産性が上がっていないことを指摘して、DXが重要だと言っている。外れてはいないと思うが私には物足りなく感じられる。私は成長戦略の本質は国際競争力だと思っている。例えばDXを導入して労働生産性を上げたとしても、導入のペースが他の国よりも遅ければ、国際競争力は下がる続ける。つまり、他の国がDXを導入して成功したのを見てから自分も導入するのでは成長戦略とは言えないということである。この点にシナリオを持つ国のリーダが必要だと思っているが、私にはそのような人物は見当たらない。従って、日本経済の凋落は底を打っておらず、まだ落下中だと思っている。